インド史&インドの世界遺産検定(イスラム教編) インドの世界遺産のうちイスラム系のものと主としてそれに関連するインド史についての出題です。 勉強 - 歴史・地理 歴史 イスラム教 イスラーム史 インド史 世界史 世界遺産 勉強 Q11206年にマムルークの軍人であったクトゥーブウッデーン・アイバクによって北インドに建てられた王朝は、日本では何と呼ばれているか? 選択肢ゴール朝奴隷王朝バフリ・マムルーク朝ブルジー・マムルーク朝 Q2クトゥーブウッデーン・アイバクによって、ヒンドゥ―寺院を破壊改造して建てられたクワットゥル・イスラーム・モスクに付属して建てられた世界最高(現状72.5m、本来は推定100mあったと言われる)のミナレットで、世界遺産でもある建造物は? 選択肢マルウイヤ・ミナレットイスマイール・サマニ廟デリーのクトウブ・ミナールカラーン・ミナレット Q3父方がティムール、母方がチンギス・ハンの末裔という家系であるバーブルが1526年4月、1万2千という寡兵ながら鉄砲と大砲という火器を有効に使って、総勢10万に迫ろうというロディ―朝の象部隊の大軍を破った戦いは? 選択肢タラ―インの戦いパーニーパットの戦いチャルデイラーンの戦いターリコータの戦い Q4ロディ―朝を1526年の戦いで破ったバーブルの孫の時に奇しくも同じ地で30年後の1556年に行われた戦いで勝利して以降、インド統一にまで至る強力な国家(王朝、帝国)が建設させることになるがこの王朝(帝国)の名は? 選択肢バフマニ朝ヒルジー朝トウグルク朝ムガール帝国 Q5バーブルの長子である皇帝のペルシャ出身の妃ハミーダ・バーヌー・ベーグムが亡き夫のためにデリーのヤムナー川のほとりに廟を建設することを命じ、ペルシア出身の建築家サイイド・ムハンマド・イブン・ミラーク・ギヤースッディーンとその父ミラーク・ギヤースッディーンの2人の建築家によって9年の歳月を経て完成されたという皇帝の名が冠された廟は何と呼ばれているか? 選択肢シャーヒー・ズインダ廟グル・エミール廟フマーユーン廟イスマイール・サマニ廟 Q6バーブルの孫にあたり、ジズヤ(人頭税)の廃止をはじめとする宗教寛容政策、スール朝にならった税制政策、官僚機構と兵制の整備などでアショーカ王と並ぶ名君と称賛された皇帝は? 選択肢イミシュバルバンアクバルジャハーン・ギール Q7バーブルの孫にあたる皇帝が遷都先で築いた世界遺産でもある城塞は? 選択肢カブール城塞アーグラ城塞ランタンボール城塞ラホール城塞 Q8ウッタル・プラデーシュ州にあるバーブルの孫にあたる皇帝によって建設された都市で、グジャラート地方での戦いに勝利したことにちなみ「勝利の都」と命名したほか、息子をさずかったことを記念に建設して、デリーからの遷都に加えて再度遷都したが、慢性的な水不足と猛暑のため、わずか14年間(1574年~1588年)しか使用されず廃墟となった世界遺産でもある都市の名は?選択肢ランタンボールファテーブル・シークリーラホールベナレス Q9五代皇帝シャー・ジャハーンが愛妃ムムターズ・マハルのために建設した総大理石の純白のドームが印象的な霊廟は? 選択肢ハミーダ・バーヌー・ベーグムシャーヒー・ズインダタージ・マハルビビハニム・マハル Q10皇位継承争いに勝利すると、父帝シャー・ジャハーンをムムターズ・マハルの霊廟の見える場所に幽閉した熱心なイスラム教徒である皇帝は?なおこの皇帝のときにほぼ全インドの統一がなされた。 選択肢バイバルスイルトウトウミシュアウラングゼーブアラーウッディーン